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ぼくの20代最大の成功は「死んでもいい」と思えたことだった。

まず読んでほしい記事

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こんにちは。秘境をめぐる治療家、中村ひろきです!

 

日本一周、沖縄移住、同棲、会社設立、世界一周と、ぼくの20代はいかにも俗っぽいことを色々やってきた10年間でした。

 

で、30代に突入した今、振り返って考えてみました。

 

自分の20代最大の成功ってなんだったろうか?

 

そしたら、なかなか究極な答えが出たのでした。 

 

  小学生時代のぼくは変態だった 

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小学校に入学した時、親に買い与えられたデスクマットのおかげで、ぼくは見事に変態になりました。

同級生が「ドラゴンボール」とか「ザリガニ釣り」に熱中している時、ぼくはNHKの「中国語講座」を全編ビデオテープに録画する変態っぷりでした。 

また、中学時代も「チャリで行けるとこまで行こうぜツアー」を企画して、ぜんぜん乗り気でなかった同級生との温度差を感じずにはいられませんでした。

  

高校のときに金髪留年男と出会う 

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旅に出たい気持ちを誰とも共有できることなく、高校に入学。

その頃のぼくは、「異常に旅したい自分は、きっと変態なんだ。」と思い込み、旅への憧れは胸の奥にすっかりしまい込んでしまいました。

 

そして迎えた高校3年の夏休み前。クラス内は完全に大学受験ムードでした。

ぼくは、教室の片隅にいた、大学受験とは無縁そうな高校4年生の男におそるおそる話しかけました。

 

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ぼく「ねね、夏休み、チャリで沖縄行かない?」

 

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松本君「うん、いいよ。」

 

まるで近所のコンビニへ行くかのように承諾してくれた、この二つ返事。

このやりとりは、ぼくの世界のフツーを180度ひっくり返しました。

旅への憧れが強くて周りから敬遠されていた自分が、この一言ですべて肯定された気持ちになりました。

 

周りと比べてフツーじゃない自分を、押し殺す必要なんてなかったんだ。

 

世界のどこかに、そんな自分をフツーに扱ってくれる場所があるんだ。

 

(この松本君も、中学時代に「片道運賃しか持たず電車旅をして、帰りは可愛い子に車で送ってもらおう旅」を主催していた高角度の変態だったのです。)

 

25歳、社長、世界一周。

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松本君と経験した名古屋〜沖縄のチャリ旅を境に、ぼくは「旅が好き」という気持ちを隠すことはなくなりました。

 

25歳のときに株式会社の代表をやることになりました。挨拶回りや登記を終えてひと段落したとき、ぼくは宣言しました。

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「ちょっと世界一周してくるわ。」

 

これに対して、取引先の社長たちから非難が殺到。

「残された社員はどーすんの?」

「なんで設立直後に行くの?」

「あまりにも無礼じゃないの?」

 

そう、無礼ですよね。間違いない。大正解です。

 

細かい流れは省略しますが、ぼくはむしろ「世界一周するために」会社を設立したので、非難はまったく的を得ていないモノでした。

ここで取引を切られるなら構わないと割り切って、会社のシステムが回り続けるよう最大限の注意を払いながら、4ヶ月の世界一周をさせてもらいました。

 

小学校入学のときに学習机と出会ってから15年。ぼくは夢を叶えました。

 

ぼくの夢は「海外を旅したい!」なんて超ざっくりしたものだったけど、周りから「キミしつこいよ!」と突っ込まれるくらい食い下がれば、なんとか形になることを学びました。

 

夢や理想は漠然としててもいい。ところどころボンヤリしてても大丈夫。

それよりも大切なのは、明確の度合いじゃなくて、どんな他ごとをしていても頭の中に割り込んでくるような図々しい理想であることだったんです。

 

思えば、15年間で「海外を旅したい」と思わなかった日は一度もありませんでした。

テスト期間中も、テレビを観ている時も、常に頭のどこかでそう思っていました。

 

最上の好奇心は、恐怖心すらも乗り越える

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海外に強い憧れを抱いていたぼくにとって、どんな観光スポットもアクティビティも不要でした。

ただひたすらに海外の街を歩いているだけで、十分過ぎるほど幸せでした。

 

当時、世界一治安が悪いといわれていたヨハネスブルクや、犯罪発生率が日本の90倍といわれていたリオデジャネイロは、街を歩くことすら危険とされていました。

 

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「素手で魚をさわれない」

「風船の割れる音が異常に怖い」

こんな超臆病者のぼくから、いつの間にか恐怖心が消えてしまいました。

代わりに現れたのは、ぼくの中にずっと眠り続けていた巨大な好奇心。自分が一番好きなことをしている時の好奇心は、恐怖心すらも乗り越えてしまうことを知りました。

こんな危険な街を堂々と歩くことができたのは、きっとぼくが「ここで死んでも後悔はない」と無意識下でわかっていたからです。

 

「死んでもいいや。」

ずっと憧れだった南米やアフリカの地を踏んだ時に、

「死んでもいい」と思えるほどの強い好奇心を体感できたこと。

 

これこそが、ぼくが自信をもっていえる20代で一番の成功です。

 

ぼくは臆病だから、「勇気を出すこと」や「恐怖を感じること」が大嫌いです。

でも、最上級にワクワクすることって、「勇気」や「恐怖心」さえも乗り越えてしまうんです。これって凄くないですか?

 

ぼくは、まだ30代に一歩足を踏み入れたばかり。これからも最上級にワクワクすることをたくさん見つけて、「死んでもいいと思える瞬間」をたくさん創り出していきたいのです。

 

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